小豆島 オリーブの歴史

Category : 小豆島

何故、小豆島はオリーブが有名なのかご存知でしょうか。

そもそもオリーブってどんな木なんでしょうか。

歴史を辿ってみましょう。

 

よく聞く(?)話で、聖書にオリーブについての記述がいくつもあります。

比喩だったり、ある種の象徴だったりします。

最も有名なのは、大洪水の後、箱舟からノアが鳩を放つと、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえて戻ってきたという場面だと思います。

そのためか、今でも鳩と同様「平和の象徴」とされています。

個人的には、平和の象徴という解釈は少し違う気がしますが。

キリスト教徒でもない人でも、オリーブを雄弁に語る時には、よく使われています。

 

今でも、キリスト教・ユダヤ教・イスラーム教では、宗教儀礼において、オリーブオイルが「聖油」として扱われています。

その他、オリンピックのリースや、国連の旗やイタリア、イスラエルの国章にも使用されています。

 

前述のノアの箱舟当時には、既に自生していたんですね。

地球で大洪水が起こった年代は誰も知り得ませんが、人間の手によって栽培され始めたのが、紀元前2000年~3000年頃だと言われています。

今では、すっかり地中海のイメージですが、始まりはアジアとされています。非常に乾燥に強いため栽培しやすく、当時は貴重な油として、重宝されたことでしょう。その内、経緯は分かりませんが、地中海でも栽培されます。

古代ギリシャは、オリーブオイルによって、権力を掌握したと言われています。今でいう石油みたいなものでしょうか。それほど人間の生活に欠かせないものになっていたのでしょう。

そんな天下のオリーブは徐々に世界に広まっていき、日本では1860年代に横須賀に植えられたのが始まりです。

その後も各地で栽培を試みましたが、いまいち成果が出ませんでした。そんな中、候補地の一つとして1908年に小豆島に植えられました。

そして、いくつかの候補地の中で、小豆島が一番の繁殖に成功しました。他の候補地は、三重県や鹿児島県でしたが、いまいち繁殖しなかったようです。

そして、10年間程の栽培期間を経て、日本で初めて産業用のオリーブ栽培に成功しました。

今では、小豆島の至る所にオリーブを見かけることができますが、様々な紆余曲折があったことでしょう。

その時代の詳しい文献や資料が見つかれば、追記します。・・・興味あります?

 

余談ですが、歴史というのは、今ある「当たり前」が、決して当たり前じゃないことを知るために有効です。それを知ることで、より先人たちに感謝の念を抱くことができます。先祖に感謝することは、今生きていることを感謝することに繋がります。

僕は、仏教徒ではありませんが、先祖崇拝というのは、そういう意味ですごく価値のある思想ですね。基本的に、仏教の教えは、筋が通っていて素晴らしいと思います。

その点、キリスト教やユダヤ教は抽象的ですね。聖書の記述は、比喩が多すぎてそれ自体が議論の対象になってしまっています。明らかに本質ではない議論が多すぎます。当然、神様の意図はそこにはないでしょうが。

前回の記事から、宗教的なことが多々出てきますが、宗教に傾倒しているわけではありません。物事の本質を探ろうとすれば、そこに行きついてしまうというだけです。

 

オリーブに戻りましょうか。

国策規模で試みたオリーブ栽培でしたが、小豆島で栽培に成功したことで各地の農家でも栽培されるようになります。

 

ビジネスは便乗が大切です。とりわけ田舎においては、様々な角度から、商売を考えなくてはいけないと僕は思っています。世間一般では、一つの事を愚直にやり続けることが美とされていますが、それはある特定の分野で限られた人達の特権といいますか、そうなるための要素といいますか。

どんな企業でも動きが鈍くなると、それ以上の発展はありません。現状に満足してしまうことは、衰退を意味します。田舎で持ち家があるとなると、あまり商売にやる気が出ないのも理解できますが、そうなるとその地域全体が衰退してしまいます。その結果が過疎地域なのではないでしょうか。

因果応報とはよく言ったもので、全くその通りです。行政任せ、他人任せでは何も始まりません。自分から動いて他人を巻き込んでいかなくてはいけません。

起業する人が増えるのは、迎合すべきではないでしょうか。その中で切磋琢磨して、新たな産業や観光が生まれる。そして、人口や観光客が増える。そして、地域全体が潤う。これは理想論ですが、決して不可能ではない話ですよね。

 

・・・そろそろオリーブに戻りましょうか。

 

昭和34年の輸入自由化によって、外国産オリーブオイルが、安価で大量に手に入るようになってしまいました。

それに伴い、国内のオリーブの生産量は低下し、小豆島や岡山県の一部でしか見られなくなりました。

その後、オリーブオイルの需要が高まり、今日の小豆島ブランドが出来上がったわけです。

 

愚直に一つの事をやり続けたことが、功を奏しました。

オリーブ栽培に楽観的観測を持っていたのでしょうかね。目論見があったうえで継続していたとすれば、先見の明があったのでしょう。

それとも、オリーブオイルを栽培していく前提で戦略を練ったか。あるいは、たまたまなのか。

 

ビジネスって「何をするか」よりも、「どうやるか」が大切だと最近思います。

オリーブオイルが売れないから辞めよ、ではなく、オリーブオイルを売るためにはどうするか、が大切。

それは、本気度と言ってもいいかもしれません。

今、バカにされている商売なんかでも、これから先は分かりません。まして流れの早い世の中ですから、いきなりブームが訪れる可能性だって否めません。

ただ救いようがないのは、やる気がない事。逆にいうと、やっぱり気持ちが大切。

 

オリーブは今でも小豆島に観光的、産業的に相当な貢献をしてくれています。井上誠耕園さんは今や全国区です。収穫の時期になるとよく季節アルバイターが来てくれています。

アライオリーブさんは、世界一のオリーブオイルを作っていらっしゃいます。

なかぶ庵さんのように、別業種からオリーブ栽培もしている企業もあります。

 

僕もそういった素晴らしい方々と肩を並べられるように、もがく毎日でございます。

僕らの世代から、新しい小豆島を作っていきますよー!


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください