あけましておめでとうございます。

Category : みかん日記

「あけましておめでとうございます。」

こうしてきちんと挨拶するのは、何年ぶりでしょうか。

今や年賀状の風習も廃れ、新年の挨拶なんてラインのスタンプで終了です(笑)

僕は今まで、変わることこそが成長だと信じて頑張ってきたつもりですが、変わらない良さもあるんですね。

毎年、年末に会える友達、家族、いつもとは違う時間。

「今年もそれぞれ色々あったけど、また会えてよかったね」

こういう類の喜びを感じられることが、どんなに幸せな事なのか。

失ってからじゃないと、本当の意味ではその重要さに気づけないことかもしれませんね。

経済活動においては、変化・拡大しないと衰退の一途を辿るものだと僕は思いますが、人間や人生に関しては必ずしもそうではないようです。

植物に例えて言うなら、今まで僕は「自分が花を咲かすのに適した土地」を探してきました。「土や環境が変われば、自分は花を咲かすことができる」と。

でも、そうじゃない。「今いるこの場所でいかに花を咲かすか」の方が、自分の根っこを広げて、大きく立派な花を咲かすことができるんじゃないでしょうか。

全ての生物は、環境に合わせて自分の種類・特徴を変えることはできません。ほぼ例外なく、桜は春に咲き、ひまわりは夏に咲きます。

「花を咲かす」と一概に言えども、花の咲き方・時期はそれぞれ違って当然。

それは「幸福」だったり「成功」だったり「平凡」だったり。

その違いこそが、この世界の多様性であり、美しさにもなりうるわけです。

それを「あの人の花は汚い」とか「あの花になりたい」とか言ったところで、それは不可能であり、思考や努力の方向性が間違っていると言わざるをえません。

自分が「光」だと思う方向へ向かって、一生懸命生きていれば、いつか必ず自分なりの花は咲きます。

そして、改めて痛切に感じるのが「人は人を救えない」という事実。

自分は、自分が赦して、認めて、愛してあげるしかないんです。

他人をいくら愛したつもりでも、受け取り方は相手に委ねるしかありません。

だからこそ、僕は僕なりの花を咲かし、大きな樹になって、自己顕示欲を満たすと共に「雨が降った時に、雨宿りできる空間を提供する人間になりたい」という理想を掲げて、今年も邁進してまいります。

どうか、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。


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